神楽小路とは

神楽坂の歴史

江戸時代は牛込御門に近く武家屋敷が並ぶ街でしたが、明治時代になって武家社会の崩壊により以前からあったお寺を中心とした街に変容しました。その当時は今のようななだらかな坂ではなくほとんどが階段状になっていて傾斜もきつい坂道でした。そのころ神楽坂を上りきった右側に行元寺があり、その周辺に物売りや商店が集まってきて花街の基礎となったようです。世界各地を巡っても同じですが教会やお寺さんがその地方の中心となって街が形成されたものでした。明治、大正時代にはもっとも隆盛を誇った花街で、飯田橋駅を背にした坂の右手に残る花街特有の石畳は、日本でもここにしかないといわれています。

神楽小路入口の石碑

関東大震災の時に銀座や日本橋が焼失したのをきっかけに比較的被害の少なかった神楽坂に老舗の商店や商人が流入してきてなお一層華やいだ町になりました。山の手銀座と言われた時期はこの時で、坂沿いには商店街が立ち並び、瀬戸物屋・和菓子屋など和を思わせるお店が中心で夜ともなると夜店が集まる賑わった街になったようです。

神楽小路の名前の由来

第二次戦争前の地図をみるとこの神楽小路は紀ノ善横丁と明記されています。
今の甘味屋さんは当時割烹のようなもので寿司だとか和食を中心とした商いだったそうです。
それが戦争で焼失し男手が無く、先々代の女将さんを中心として今の甘味屋さんに商売換えなさったそうです。

当時は神楽小路の入り口に木戸があり、商業地となった今では思いも寄りませんがおそらく長屋やしもた屋が軒を連ねてもっと雑然とした雰囲気だったのでしょう。

その後通り名変更となり神楽坂を最初に入った右側にある横丁なのでこのような名前が付いたのだと言われています。

そういえば神楽坂には神楽という字が入った通りは他には見当たりません。

  • みちくさ横丁
  • みちくさ横丁
  • 記の善看板猫

神楽小路に行ってみる

神楽小路マップ

空気にさえ味があります。
神楽坂の最初の横丁、神楽小路。

交通・周辺地図

江戸の昔より賑わう街には5つの路線が集います。

  • 神楽坂粋いき逸品
  • 神楽坂通り商店会
  • 神楽坂 まち飛びフェスタ
  • かぐらむら
  • 神楽坂神楽小路